2011年1月27日木曜日

太累了,但佷有意思了



先日26日、東京大学大学院の公開講義、「コモンズ・表現規制・ウィキリークス 〜情報ガバナンスの未来像」に行ってきた。

東大大学院の「情報と法」なる講座の最終回で、パネリストも招いた討論形式で一般人も聴講可能というものだ。

かつて司法試験やってて法律ちょこっと齧ってた頃から、「インターネットと法」が新しい議論の的になってきてることは知ってた。、ここ最近の情報技術の凄まじい進化が社会、生活に多大な影響を与えてきてる関係で、それをいかに制御するか、法の解釈や適用にも色々変化が求められてるいる。そういった最先端の議論が聴ける、さてどんな話が出てくるか、楽しみにしてた。

冒頭掲げられたトピック、
(1)ファイル交換・AppStore問題・YouTubeなど作品の非正規流通
(2)アーカイブと権利情報データベースの夢
(3)クリエイティブ・コモンズその他のパブリックライセンス
(4)都条例問題の問いかけたもの
(5)Wikileaksなどの情報流出・告発サイト
を切り口に、情報をめぐるルールはどうあるべきで、そのルールはどこで決められるべきなのか?3時間にわたる議論が続いた。

トピック(1)、(2)、(3)に関しては、自分は著作権法とか勉強したこと全然なかったんで一部?な議論もあった・・・恥ずかしながら、クリエイティブ・コモンズやパブリック・ライセンスなんてものがあるってことを初めて知ったくらいなんで。

情報やコンテンツが一旦デジタル化されたら最後、ほぼノーコストでコピー可能となり著作権侵害が著しくなって久しい、ということは一般常識として知っていたが、他方で個人的にもはや著作権法が今の時代に合ってないのではないかと感じてた。だから、クリエイターの許諾権を中心に構成された著作権を、事後の報酬請求権に改めるべき、情報の受け手(たとえば漫画であれば、一般読者)を含めたルール作りが必要、という考えには大いに頷いた(これが、一般的な意見なのかもしれないけど、いかんせん何も知らなかったんで・・・)。

最後のトピック、Wikileaks問題のところで、パネリストの一人、金正勲氏が言われてた一言「我々はもはやWikileaks前の世界に戻ることはできない」というのは、あらゆる情報技術が進化した分野について言えることだと思う。上述した著作権の分野然り。具体例として、Youtubeで中学生か高校生が、漫画Onepieceを自炊したものをアップしたものが凄まじいPVを得ていた例が紹介されていたが、人々がこういった便利性の味を知ってしまった以上、もはや古くなったルールを適用して取り締まろうとしても無理があるだろう。対象は、国内だけでなく海外まで無限に広まってしまうし。

旧来の価値観、既得権を守ろうとして新しい技術や流れを矯めようとしても社会や人々にとっては損失の方が大きくなるし、本当にその技術が人々に受け入れられていけば、止めることは不可能だろう。今後も、従来の制度や法と、情報技術の進化の間で様々な軋轢事例が生じるだろうけど、常に新鮮な目を持って新たなルール作りを模索していかなければならない。全てのトピック・議論を通じて、そんな風に感じた。

しかし、Wikileaksの例を見ても分かるように、国家という、全世紀まで社会をまとめる単位として君臨してきた枠組みでも、統制しきれないものになってきている。何かしらの規制を設けたとして、規制の効果を担保する刑罰権の主体は国家だが、その国家ですら力及ばないとしたら、、、一体、誰が、コントロールを担うのか?

纏まりがなくなってきたが、実際、極めて難しい問題だと思う。

当日は、夜勤明け。飯食って漫画喫茶の座敷席で3時間程寝た後での出席。だるさが抜け切れず、居眠りしちゃわないかしら、と若干心配だったものの・・・3時間余りの講義時間はあっという間だった。さすがは東大、キャンパス内はアカデミックで荘厳な空気が流れており、身が引き締まるような、襟を正したい気持ちにさせられた。

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